~御鎮座二千年の越中一宮~
高瀬神社は心の拠り所として 人々の幸せを一途に見守ってきました

第13回 幼き日・若き頃

◆母の乳房

 実母は私が十二歳のときに亡くなっているので、物心ついてから四、五年の交流ですが、その間の母の薫陶というものは本当に身に沁みるものがありました。

 九つか十歳の時分ですが、祖母が知り合いのことで思い詰めて「死なんならん、死なんならん」と言いながら歩きまわるので、 私がうっかり「そんなに死にたければ死ぬこっちゃ」と言ったところ母は激怒して「あんたは謝ればすむが、言葉には魂があるんだから言われた者は いつまでも覚えている。その人の心の中に魂が籠ってしまって、いつかまた出てくるんだ。だから、人にいやな思いをさせるようなことは言うものではない」と 泣きながら言って聞かせてくれました。

 幼い頃、風呂にはよく弟と三人で入りました。母の乳には大小があって私がいつも大きい方を吸っているものだから、弟が妬んで文句を言ったことがあります。 私が怒って弟の頭を押さえ付けてお湯の中に突っ込んだところ、母は「あんたもいっペんやってごらん」と言って私の頭を風呂に沈めました。 そして、「今に学校へ行ったら『我が身をつねって痛さを知れ』ということを教えられる。よく覚えておきなさい」と言うのでした。 もっとも母は、私が川へよく落ちたときに、桶に水を張って顔を入れ、実際にその苦しさを自分で試してみるような人でした。

 小さいときの教育と言えば、父は「勉強するために学枚へ行ってるんだ。家庭は仕事をするところだ。家で勉強しなくていい。 おまえはそんなに頭の悪い子ではないはずだ。分からないことがあれば学校の休み時間に先生に聞け」といつも言っていました。 今の学校は親のために勉強しているようなもので、先生も子供の顔色ばかり見ているようなところがありますが、昔の先生は竹の根のステッキを持っていて叩きつける。 結局、知識を教えるのではなく、ものに耐えることを教えたのです。

 昔の父親も今と比べると大変厳しく、あるとき何か悪いことをしたのでしょう、叺(かます)に入れて梅の木に吊り下げられたことがあります。 雨がしとしと降っていました。夜中に小便がしたくなってもそもそしていると、木の下から母親の声がして「仰向けに入れられているんだから、 そのまますると顔にかかってしまうよ」と言うのです。まさか母がいるとは思わなかったのでびっくりしていると、 「お父さんがなさったことだから出してあげるわけにはいかないが、万が一、縄が切れるといけないので見張っているのだ」と言って、 とうとう一晩中雨の中を立ち通しました。梅の木は今はもうありませんが、後年、私はその木で笏を作りました。

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