~御鎮座二千年の越中一宮~
高瀬神社は心の拠り所として 人々の幸せを一途に見守ってきました

第15回 幼き日・若き頃

◆神に信じられる

 京都では学校が買い上げて寄宿舎のようにした民家から通学しました。 生徒は五十人くらいでしたが二割は年配者で、五十歳を過ぎた者もおり、中には妻子連れもいました。 食べ盛りの年頃なのでご飯も一人前や二人前では足りず、知り合いの家へ行って塩をかけただけの丼飯を三杯も平らげたこともありました。

 授業は京都の神社の神主さんたちの指導を受けましたが、最も興味を惹かれたのは宮中にある白雲神社の宮司、 出雲路通次郎先生の「衣紋学」で、装束の付け方、名称、衣冠と束帯の違いなど、自宅に泊まりがけで行ってまで教えを受けました。 また、北野天満宮や豊国神社などでお守りやお札の作り方等、さまざまの実務を学びました。

 京都国学院には三年間いて、大正十二年三月、無事卒業し、一等司業の資格を得ることができました。 前々から祖父も父も「大学へ行っても神主家業には役に立たない。 東京の宮西惟助さんのところで勉強するのがいちばんいい」と言っていたので、その年の六月に上京し、宮西さんが宮司を務めておられる日枝神社にお世話になることになりました。

 宮西宮司は父親と皇典講究所(国学院大学の前身)での同窓生ですが、実に偉い方で、公私共にいろいろ教えられました。 今でも心に残っているのは「神を信じる者はたくさんいるが、神に信じられる者はどれくらいいるだろうか。 神主というものはそうあらねばならないのだが、それには正しい行いができなければならない。 しかし、物事がどこまで正しいかはなかなか分からないから、とにかく明るく、直く生きることだ」という言葉です。 以後、今日に至るまでこの教えは私の胸に深く刻まれています。


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