~御鎮座二千年の越中一宮~
高瀬神社は心の拠り所として 人々の幸せを一途に見守ってきました

第17回 幼き日・若き頃

◆弁財天の桜

それ以後、今日まで地元で神様にお仕えし、そのお恵みを皆様と分かち合って過ごして来ました。最後に家内のことに少し触れさせていただきます。 嫁して以来、神職の妻としての切り盛りはもちろん、寝たきりになった私の両親の介護、育児、戦中・戦後の山仕事、畑仕事などなど、本当によく働きました。 晩年は体が不自由で、思うように出歩けなくなりましたが、最後まで気配りを欠かさず、私を助けてくれました。

父親にもよく尽くし、短気な父も妻には大変やさしくしていました。機嫌が悪いときでも妻が蕎麦を打って勧めると、にこにこして箸を取り上げたものでした。 中風で寝ている父を夫婦でリヤカーに乗せて、弁財天の桜を見に行ったことがあります。リヤカーというものは慣れないとなかなか扱いにくいのですが、 父はどうしても私でなければ駄目だと言います。仕方なく、ふらふらしながらなんとか押して行きましたが、橋の途中で一歩も足が出なくなってしまいました。 それでも咲き盛る花を見て、父はオーッ、オーッと声をあげて喜んでいました。妻はしばらくその様子を見ていましたが、やがていったん引き返して、 これも寝たきりになっていた継母を背中に負って連れて来てくれました。橋の上の二組の夫婦を包むように、川音が高く低く通り過ぎて行きました。

弁財天の桜が咲くたびに、私はこのことを思い出します。

「幼き日・若き頃」は、今回で終了します。
次回からは4回の予定で「座談会藤井秀直翁を囲んで」を掲載します。
ご期待ください。

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